高認試験に向けて。

8月3日、4日はいよいよ今年度の第一回高卒認定試験ですね。受験生の皆さんは合格目指して、是非頑張って下さい。

 

夏の一番暑い時期ですが、自分の将来に向けて大切な二日間になると思います。しんどい時は高認試験の先にある、それぞれの目標を思い起こしてなんとか踏ん張りましょう。

 

今回がダメだったとしても、すぐに第二回の試験を11月に受験することが出来ます。たとえ自信がなくても、次回の試験に繋げるために粘り強く試験に取り組むことが大事になると思います。

 

受験生の皆さんが、努力した成果が出るように、願っています!

 

8月の高認試験、当日気をつけることは?

さて、7月も半ばになりましたが大阪府では連日の暑さが続いています。今年の夏も暑くなりそうで、今から心配です。

さて8月3日、4日は今年度の第一回高卒認定試験がありますね。受験される方は勉強の追い込みの時期でしょうか。あと一息、合格目指して踏ん張って下さいね。

さて、私たちも毎年高認試験の様子を見に会場まで行くのですが、真夏の一番暑い時期に実施されるために、色々と大変な思いをします。とりわけ会場に着くまでの暑さが応えます。

大阪では今年も、『エル・おおさか(大阪府立労働センター)』で実施される予定ですが、ビル街にある建物ですので快晴の日はかなり暑さを感じます。昨年も谷町線の天満橋駅から歩いたのですが、それだけで汗びっしょりでした。

各県それぞれの会場によってアクセスのしやすさに違いはあるでしょうが、時期が時期だけにずいぶん汗をかくと思います。そうした状態から試験終了まで、冷房の効いた部屋に何時間もいることになります。今度は逆に寒さを感じるかもしれません。

集中して試験を受けるためにも、タオルを持って、気になる人は替えのシャツを一枚カバンの中に入れておくのも良いかもしれませんね。

暑さ対策と言えばしっかりと水分補給をすることも大切です。実はこれまでにも、試験時間中にもかかわらず会場を後にする方を見たことがあります。体調不良だったのでしょうか。保護者らしき方に付き添われて、随分としんどそうでした。

自分は健康だから大丈夫などと過信せずに、きちんとペットボトルや水筒を会場に着く前に準備して、間違っても熱中症などにならないようにこまめに水分補給をして下さいね。

学校との関係について その3

さて、保護者の方としては、学校側が子どもに対して何をしてくれるのか、してくれないのかを知りたいはずです。また子どもが学校に行けていない間に、最低限これだけはしておいたほうが良いこと、今後の進路や内申点のことについてできるだけ教えて欲しいと思うはずです。

もしそういった難しい話を学校の先生と話されるときは、きちんと保護者の方が先生と話し合われた方が良いでしょう。せっかく先生がお家に訪問してくれたのだから、生徒も顔を見せるというのはおかしくはありませんが、かといって進路や勉強のことも全て生徒本人が窓口となり先生から聞いておきなさい、というのは難しいと思います。

そもそも生徒本人が先生に対してもどこか後ろめたさを感じている場合がありますし、萎縮して本当に聞きたいことを聞けないかもしれません。色んな気持ちで頭がいっぱいで、将来の進路のことまで頭が回らないこともあります。

保護者の方にできることのひとつとして、子どもの代わりに学校との連絡役になり、復学や進学を目指して具体的にどうしていけば良いのか、学校側は何をどこまでしてくれるのかを、できるだけ把握しておくことがあります。またお子さんが中学生であるなら、高校進学に向けて内申点の相談を学校側としておく必要があります。

学校によっては、通学していない以上内申点をつける訳にはいかないと言われるかもしれません。しかし別室で定期テストを受けたり、提出物だけでもしっかり提出すればいくらかは内申点を考慮してくれる学校もあります。全日制の高校への進学を考えるなら、各学校が不登校生の内申についてどのような対応をしてくれるのかを学校の先生に聞いておくことが必要です。

いずれにせよ不登校になった場合、学校と連絡を取り合うというのは気持ちの上でも楽な作業ではありません。

時には学校以外の第三者に相談したり、愚痴をこぼしてみることも大切なことかもしれませんね。

学校との関係について その2

前回に続けて不登校となった時の学校との関係についてです。

このテーマを考えるとき、どうしても無視できない要素があります。生徒個人と先生個人の相性の問題です。

もちろん理想としては、教師の側はどんな生徒に対しても良き教師であろうと努力をして、学生の側も担任の教師に信頼感を持っていて欲しいと思います。

しかし生徒と先生の間とは言え、やはり人間同士の関係なのです。先生もそれぞれ人格を持っています。どうしても、人として、「合う、合わない」、「得意不得意」。さらにいえば「好き、嫌い」、といった問題が出てきます。

クラスの一員として接しているときにはなんとかなっていても、不登校になったときは、教師と生徒(とその保護者)は一対一の関係になります。そのときになって「この先生イヤだな」、と感じる場面がはっきり出てくるかもしれません。

同じような内容を話していても、素直に納得できる場合もあれば、会話の相手によっては単なる皮肉にしか聞こえない場合があります。

話し方や仕草だったり、何気ない一言で不快になったりすることもあるでしょう。極端な話、その先生の外見がイヤなのだ、威圧感を感じてしまう、といったこともあります。

人として、頼りになる先生、ならない先生。相談しやすい先生、近寄りがたい先生。色んな先生がいると思います。

また担任の先生側からみても、「この生徒は苦手だな」、といったこともあるかもしれません。お互いに人間である以上、これはどうしようもない事だと思います。

 

これまで書いてきたことも大きく影響して、先生がどれだけやる気があって、色んな事を頑張ってくれても、結局は生徒の力になれない場合もあります。逆に生徒の側が先生にしてほしいことに、先生の側が十分に応えてくれないこともあります。

これは担任の先生個人の問題だけではないはずです。そもそも学校側としても、ひとりの生徒に対してできることには限界があるのですから。制度的な縛りや、職場でのルールや暗黙の了解、地域の特性。教育現場での人手不足なども近年は良く報道されます。

そもそもひとりの悩んでいる子どもに対して、私ならその悩みを綺麗に取り除いてあげられる、と考えること自体が周囲の驕りなのかもしれません。先生、学校、保護者のうちの誰かが頑張りさえすれば綺麗さっぱり解決するような、それほど簡単な問題ではないはずです。

結論としては、まわりの大人たちがきちんと連携を取りながら、それぞれができることだけはしっかりとする、これにつきると思います。そしてその中には子ども自身が何か行動を起こせるようになるまで、腰を据えて待つことも含まれるでしょう。

次回に続きます。

学校との関係について その1

不登校になったとき、学校や担任の先生がどのような対応をとってくれるかは、その時々違います。

多くの場合、学校に出席できない日数がしばらく続くと、担任の先生と電話でやりとりをして、その時々のお知らせや、課題のプリントなどを渡してくれるかもしれません。時には先生がお家まで、様子を見に来られることを希望されるでしょう。

ここまではどのような先生でもしていただけるかもしれませんが、ここから先で、違いが出てくるはずです。

そもそも、不登校になったきっかけが、個々のケースで異なります。クラスメイトと揉めた、いじめられた等の対人関係。家庭の事情が影響した。身体、こころの病気になった。また、保護者や学校はおろか本人自身も、なぜ学校に行かなくなったのかはっきり分からない場合もあります。

このようにそれぞれ学校に来ない理由も異なれば、生徒の性格もそれぞれ違い、家庭の側の姿勢も違う訳ですから、学校の先生としても、どのようにアプローチしていくのが一番良いのか、苦労するところかもしれません。

また実際にそれぞれの先生が不登校生に対して接する態度には、その先生の価値観やこれまでの仕事上の経験が強く反映されます。

ベテランの先生もいれば不登校生に接した経験の少ない先生もいます。不登校に対してじっくりと様子を見てくれる先生がいる一方で、あくまで学生は学校に登校するべき、というポリシーを持っている先生もいるはずです。

不登校生への学校の対応は、それぞれの生徒の事情と、対応する先生の姿勢に大きく左右されるため、マニュアル通りに進められるようなものではなく、個々の不登校生が学校の先生から受けられるサポートにはずいぶんと違いが出てきます。

次回に続きます。

どうなったら卒業ですか?

どうなったらパーソナルアカデミーは卒業となるのですか?

先日、通ってくれている女性と面談
しているときに、どうなったら卒業と
なるのかを聞かれました。

 

そこで、今の自分の状態について聞いてみました。

 

「自分の嫌いなところが5つ言えますか?」

 

この問いにすぐに答えれると彼女は
言いました。

 

「自分の好きなところ5つ言えますか?」

 

この問いにもすぐに答えられると彼女は
言いました。

 

「自分の好きなところを5つ言えたら
卒業なんですよ!」と私が言ったら、
びっくりしていました。

 

「自分の好きなところが5つも言える
ようになった自分を褒めてあげて欲しい」
とも私は言いました。

 

ここに来たときは、とてもとてもそんな
状態じゃなかったはずです。

自分の嫌いなところしか見えない、

そんな日々を送っていたと思います。

それが、今は自分を好きになっている、
それだけで、どれだけすばらしいこと
かわかりません。

 

自分を受け入れ、自分を肯定できた
からこそ、自分を好きになれたのです。

 

そんな自分に出会えたら、
パーソナルアカデミーは卒業なのです。

 

「自分を好きになれて良かったね。」

彼女への私からの一番のお祝いの
言葉でした。

 

彼女はポツリとつぶやきました。

もう少しだけおいてください。
まだ、やっぱり不安です。

 

これからは飛び立つ勇気を持つ努力を
していってくれると思います。

 

彼女が卒業するまで、あとわずかです。

もう少しだけ一緒に考えていきたいと
思います。

復学・進学について

不登校に直面した時、保護者の方(本人も)が望んでいることはできるだけ早く、「普通の学校生活に戻る」ということではないでしょうか(どのような事を「普通」と呼ぶのかはまた別の難しい問題ですね)。不登校からの復学や進学は難しい事ですが、まずはそれを第一の目標とするのはごく当たり前のことでしょう。

短期で学校に戻るために、どのような準備が必要か、逆に言えばどのような状態にあれば、安心してお子さんを学校に送り出せるかということを考えてみましょう。そしてそのときには、学力よりもメンタル面を重視して頂きたいと思います。

学校に行けなくなって不安を覚える要素のひとつに、勉強に遅れてしまうということがあげられると思います。これはご本人もそうですが、保護者の方も当然感じられることだと思います。

しかしそもそも体調が悪かったり、気持ちの上でしんどいことがあって学校に行けなくなったのです。「せめて家で勉強だけでもしなさい」、と言われても、それはとても難しいものがあります。

もちろん学校に復帰したときに、授業にもすんなりと入って行ければ言うことはありませんが、そのことでプレッシャーを感じるよりは、またあとで取り返せるよ、学校に戻った時、分からないところがたくさんあったとしてもそれは仕方ないんだよ、と保護者の方が言ってあげることが大切ではないでしょうか。

実際に勉強するとしても、必要最低限の内容にとどめて、ご本人が、「みんなは大体今の時期はこのあたりを授業でやってるんだ」、ということが分かり、「でも学校に戻って落ち着いてから、勉強の遅れはいつかは取り戻せる」、と思えることが大事なことだと思います。

 

やはり復学、進学する際にはそうした学力よりも、メンタルがどれだけ回復しているかのほうが重要だと思います。どのようなきっかけで学校に行けなくなったにせよ、一度学校に行けなくなった状態からもう一度学校に通い出すというのは、とても勇気のいるものだからです。

学校はとても狭い世界です。登校すれば何より周りの目が気になりますし、自分が居ない間に学校はどんな変化があっただろうかと、とても不安になるはずです。

不登校からの復帰は決して焦らず、保護者の方も無理をさせずに気持ちの準備ができてからにして下さい。新学期や新学年、長期休暇開けや、それこそ中学から高校への進学など、分かりやすいい時期の区切りをきっかけにしてみるのもよいと思います。

そしてなにより、いったんは学校に通うようになったとしても、また不登校の状態に戻ることも珍しくありません。勉強について行けなかったり、生活リズムが戻らなかったり、まったく理由はないけどやはり学校に行きたくはない、となってしまうことはあるのです。

保護者の方はそうしてお子さんが一進一退を繰り返したとしても、そのたびに怒ったりするようなことは避けていただけたらと思います。粘り強く支えてあげて欲しいのです。

昔と較べて

私が不登校になったのは中学2年生の夏でした。1998年ですから、今、不登校で悩んでいる十代のみなさんは、まだ生まれていないか、赤ちゃんの頃です。

当時を振り返ると、今とは大きく変わっている所もあれば、そんなに変わらないなあと思えるところもあります。

ずいぶん変わったなあ、と感じるのはインターネットや携帯電話が今ほど普及していなかったことです。

私の実家がインターネットを導入するのが少し遅かったのもありますが、私が不登校になった時期に、ようやくインターネットに繋がったかどうか、といったところでした。

ですから私が不登校になった時、不登校や進学についての情報を調べるための手段は電話を使うか直接足を運ぶことに限られるわけで、今にして思えば両親はずいぶん苦労したのではないかと思います。

今では大抵の人がインターネットを利用することで、たくさんの情報を入手できます。パーソナルアカデミーに来ていただく方も、多くはインターネットで検索されてからいらっしゃいます。うまく活用すれば、不登校に悩む家庭の心強い味方になってくれるかもしれません。

携帯電話が始めて我が家にやってきたのも、私が不登校になってから、しばらくたってからだったと思います。

当時はスマフォなんてありません。たしかまだメールすら利用できない携帯電話だったような気がします。どこでもだれとでも、いつでも連絡を取り合える、というにはほど遠いものでした。当時の私は外出先で調子が悪くなる場合があったので、もし当時、携帯電話を家族全員が持っていれば、ずいぶんと安心できたのではないかと思いますね。

 

一方で、当時も今もあまり変わっていないところもあるでしょう。

すぐに思いつくのは、不登校という問題に直面したときに、本人や保護者、学校も、そのことに対して基本的には無力であるという所でしょうか。

最近は、かつてに比べれば不登校という言葉も一般化して、学校をはじめ社会全体でこの問題に取り組もうとする意識が出来上がっていると思います。しかしそれでも不登校に対する「特効薬」のようなものはないのでしょう。

学校がなんとかしてくれる、親がなんとかしてあげる。そんな簡単な問題ではないのです。あらゆる不登校生の悩みを取り除ける、万能の解決策はありません。

はっきりとした正解のない中で、本人と保護者が悩んだり失敗しながら、自分たちの進む道を探していくのでしょう。

こればっかりは、どれだけ世の中が便利になっても解決できないような気がします。

不登校生の昼夜逆転

不登校になった生徒さんの多くは、生活リズムが崩れてしまいます。もちろん、学校に通っていた頃のように、朝起きて夜は早くに寝る、といった模範的な生活を維持できる人もいるでしょう。しかし多くの人は、いわゆる昼夜逆転の状態になってしまうようです。

原因はいろいろ考えられます。

そもそも、その日の予定がなければ誰だって早起きはしにくくなります。これは大人になってもそうでしょう。学校、仕事や家事など、やらなければいけない予定があるからみんな頑張って朝起きているのです。それが毎日続いているから朝きちんと起きるという習慣が保たれているのだと思います。

学校に行けなくなると、その習慣を維持する必要がなくなってしまいます。ただでさえ気持ちの上で落ち着かず不安定になっている時期です。そのまま朝起きにくくなることは、良くあることなのです。

また、朝という時間帯に起きていることが精神的につらい、ということも考えられます。朝は家庭も近所も慌しく動き出す時間です。親、兄弟は出勤や通学のために準備を始めます。自分は不登校で家に残るのに、「いってらっしゃい」、とそれを見送るのは、居心地の悪さを感じてしまいます。

さらに朝起きていると、外からは通学途中の子どもたちの声も聞こえます。本来はその中に自分もいなければいけないと思っている声です。なんとなく罪悪感や後ろめたさを覚えるかもしれません。不登校になってしばらくは、朝感じる周囲の雰囲気がしんどいと言う人もいるのです。

夜は夜で、布団の中に入り寝る準備をするといろんなことを考えてしまい、なかなか寝付けなくなってしまうことがあります。目をつぶりじっとしていると、これからどうなるのだろう、明日はどうすればいいのだろう、と不安になることもあるでしょう。ネガティブなことばかり考えて、自分を責めたりするかもしれません。

逆に静かになった深夜だからこそ、安心できることもあるかもしれません。家族と顔を合わす心配もなく、周囲の顔色をうかがう必要もありません。自分の時間を作れたような気になります。また本来、寝ていなければいけない時間帯に夜更かしをしていることは、非日常的な体験で、そのことで現実から目を逸らしていられる、という人もいるかもしれません。

このように考えてみると、不登校なった生徒、とりわけ不登校になりたての生徒は昼夜が逆転する動機がたくさんあることに気付きます。ご家族が、「学校に行かなくても、せめて生活リズムだけは崩さないようにしようね。」と言っても、それができる子と、難しい子がいるのです。

落ち着いてから、どのように生活リズムを整えていくのかという問題は、また別の問題としてあります。今後のことを考える場合、ご家庭の方針として、厳しく叱ってでも早寝早起きをさせるということも、一概に間違ってはいないと思います。

ただ、いずれの場合でも忘れないでいただきたいのは、多くの不登校の子どもたちにとって生活リズムを維持し続けるのはとても難しいということ。そして生活リズムを維持し続けることも、また昼夜が逆転してしまったとしても、どちらも精神的にはしんどいということです。

不登校になった以上、自分はこんな状態でいいのだろうか、という不安はどのような生活を送っていても感じるものだと思います。

せっかく外出するのだから

不登校と言っても、学校に行かずにどういった生活を送っているのかは、人それぞれ違います。外出して、友達と遊んだり、習いごとをがんばる人もいるのです。

しかし、多くの不登校生は外出することに苦手意識を感じてしまいます。とりわけ学校に行けなくなった当初はそうです。学校に行ってない事への「引け目」のようなものがそうさせるのでしょう。

外出すれば、他人の目を意識せざるを得ません。私は中学生の時に学校に行っていませんでしたが、その当時一番イヤなのは学校の同級生に会うことでした。

ですから当然、彼らと会わないような時間帯を選んで外出しようと考えるのですが、たとえば平日の真っ昼間に中学生が外出していたら、それはそれで目立ってしまうのではないかと、気になって仕方有りませんでした。

一時的にではありますが、自宅から道路を一本隔てたスーパーに行くことすらできない時期もあったほどです。他人の視線を意識せずに、開き直って外出することができるまでには少し時間がかかりました。

それでも私が外出できるようになったのは、「外出したい」理由があったからだと思います。「外に出たほうが良い」、「どこそこに行かなければいけない」、といった理由ではなかったと思います。

本屋に、雑誌の立ち読みに行きたかったのです。ただそれだけです。

くだらない理由ですが、それは当時の私がとてもしたいことだったのです。

ありがたかったことは、両親がそのことについて何も言わなかったことです。ただ「いってらっしゃい」、そして「おかえり」と言ってくれたことです。

もしも両親に、「みんなが学校に行っている時間に、本屋で立ち読みなんてみっともない。」といったことを言われていたら、家の中に引きこもっている時間がもっと長くなっていたと思います。

不登校になると、外出するだけで勇気がいるものです。そういったとき、それでも外でやりたいことがある、家の外のほうが楽しめることがある、ということは大きな力を持っています。

がんばって外に出るのだから、イヤなことだけをするのではなく、やりたいことや楽しいことをする。まずはそういったことから苦手意識を取り除いていくのも良いかもしれません。